『リトル・ダンサー』

【解説】(allcinema ONLINEより)
1984年、イギリス北部の炭坑町。11歳のビリーは炭坑労働者のパパと兄トニー、おばあちゃんと暮らしていた。ある日、ビリーの通うボクシング教室のホールにバレエ教室が移ってきた。ふとしたことからレッスンに飛び入りしたビリーは、バレエに特別な開放感を覚えるのだった。教室の先生であるウィルキンソン夫人もビリーに特別な才能を見出した。それからというものビリーはバレエに夢中になるのだが……。バレエ・ダンサーを目指す少年の姿を描いたS・ダルドリー監督の長編第1作。

■T.レックスのLP『電気の武者(71)』がポータブルのレコードプレーヤーに載せられ、『コズミック・ダンサー』が流れる。その曲に合わせて飛び跳ねる主人公・ビリー少年の姿をスローモーションで捕らえつつ、この映画は始まる。この一曲だけじゃなくて、Tレックスの『ゲット・イット・オン(71)』や『ラブ・トゥ・ブギ-(76)』、クラッシュの『ロンドン・コーリング(79)』等のUKロックの名曲が映画の随所で印象的に使用される。監督のS.ダルドリーは60年生まれということで、いちばん多感な時期にこれらの名曲にリアルタイムで接してきた世代なんだろうなぁ。
■物語の舞台はイングランド北東部の街ダラム、時代設定は84年。炭坑がかつての産業基盤だったこの街も、廃坑をめぐり労使間の衝突が絶えず、街には四六時中機動隊の人間が駐留している(*1)。炭坑夫の父と兄を持つ11歳の少年ビリーが、ふとしたことでクラシックバレエに触れ、熱心な女性指導者のもとロンドンのロイヤル・バレエ学校への入学を目指す…というのがこの映画の本筋。前述の導入部以降、映画の中では、バレェとビリーとの出会い、レッスン風景、家族の日常生活、亡くした母へのビリーへの思い等が綴られていく。…のだが、なかなか物語が転がりだす様子がない。ひとつひとつのエピソードはいいのだが、それらは淡々と提示されるばかりで、少しもどかしささえ感じてしまう。(*2)
■ところが、映画がスタートしてちょうど1時間が経過したころ。スト中の兄は機動隊に連行され、経済的にも困窮するビリーの環境はバレェなんて許してくれない…。文字通り”閉塞感”、”人生の壁”を象徴する小さな街の中で、ザ・ジャムの『悪意という名の街(82)』に合わせてビリーが激しくステップを踏み、踊りながら通りを駆け抜けるシーン(*3)から、確実なリズムが映画に吹き込まれてくる。
■その後はビリーの決意の固さを理解した父親や周囲の協力、亡くした母への思いをわずかに指導者にダブらせる少年の姿、別れそして旅立ち…、と、感動映画の要素がそつ無くなく盛り込まれ、観客の涙を誘う。それらのシーンも確かにいいのだが、だからといってこの映画を「家族愛を綴った爽やかな感動作」として位置づけるのはどうかと思う。前述の、ビリーが街中を激しく踊りぬけるシーン、そして頑固な父親を説得するために彼の目の前でバレエを踊るシーン(*4)、その根底には共通して「満足できない/何かを起こしたい/未来を変えたい」というエネルギーのほとばしりが大いに感じられるのだ─11歳のか細い少年の体の動きから。父親と共に臨んだロイヤル・バレエ学校でのオーディションで、ビリーは審査員から「踊っているときはどんな気分だ?」という質問を受ける。このときの少年の答えは、まさにロックのある一面を象徴しているよ(*5)。
■とにかく、題材がバレェだからといって侮ることなかれ。満員の劇場の中には中高年の方々や子供をつれた親御さんらも見受けられたのだけど、見終わったときに、「あんたたち、この映画からちゃんとパワーをもらえたかい?何か自分のパワーをつぎ込めるような情熱の対象は思い出したかい?」と聞いてみたくなったよ。



*1:84年に実際に起きた、流血沙汰にまで発展したこの一大ストライキ事件は、M.ハーマン監督の『ブラス!』でも過去のエピソードとして触れられている。
*2:広島での公開は90シートのミニシアター”シネツイン”で。封切り2日目の日曜日のお昼の回に身に行ったのだが、超満員で立見席+通路座布団席が出るほど。しかし、この前半部分では、居眠りするおっさんの高いびきが場内に響いていた…。
*3:ハートが震え、感情が高ぶり、涙がこぼれた、白眉のシーン。
*4:この場面でダンスのバックに流れる曲はバレェクラシックだが、気持ちはロックだ。
*5:クライマックスでもあるオーディションの合格発表のシーンは、最小限の演出の中で、サスペンスとユーモア、そして感動が盛りこまれたお気に入りのシーンです。