『ヘアスプレー』
【解説】(allcinema ONLINEより)
1988年のジョン・ウォーターズ監督による同名作品を原作とするトニー賞受賞ブロードウェイ・ミュージカルを豪華キャストで映画化した痛快コメディ。あからさまな差別や偏見が存在した60年代のアメリカを舞台に、人気TV番組のダンサーを目指す天真爛漫な太めの女子高生とその周囲の賑やかな人間模様を描く。主演はオーディションから選出された新鋭ニッキー・ブロンスキー。また本作で久々にミュージカル映画へ出演したジョン・トラヴォルタが驚異の特殊メイクで母親役に扮していることでも話題に。
1962年、米メリーランド州ボルチモア。ダンスとオシャレに夢中な16歳の女子高生トレーシーは、ヘアスプレー企業が手掛ける人気テレビ番組“コーニー・コリンズ・ショー”に出演し、憧れのリンクと踊ることを夢見ていた。そしてある日、彼女は母エドナの反対を押し切り、番組のオーディションに参加する。しかし、その太めな体型から、番組の中心メンバーであるアンバーと彼女の母で番組も仕切っているベルマに追い払われてしまう。ところが一転、番組ホストの目に留まり、レギュラー・メンバーに抜擢されたトレーシーは一躍注目の存在に。だが、そんな彼女の成功が面白くないベルマとアンバー母娘は様々なトラブルを仕掛け、ある時ついに大事件が発生する…。
■観てから既に1週間が経過してこれを書いているのだけど、その間もずっと頭の中ではサウンドトラックがぐるぐる。観ている間もずっと楽しくて、冒頭から最後までテンションが落ちることなくパワフルに突き進む、エンタテイメントの見本のような映画。体力/気力がないと付いていくはしんどいけれど、今年のマイベスト映画決定*1。
■『サウスパーク/無修正映画版』('99)でも素晴らしい仕事をしたマーク・シェイマンが'02年にブロードウェイデビューした際の楽曲をそのまま映画に移植。『サウスパーク』ではストリングス中心の定番楽曲だったものが、今作では、物語の背景でもある”白人文化と黒人文化のミックス”という60年代の音楽エッセンスを鮮やかに取り入れている。それがどれもかっこいいー。
♪"Good Morning Baltimore"
映画スタートを飾るのはエヴァーグリーンなポップス。街頭ロケの中にジョン・ウォータース御大が唐突に登場して、”あとは任せたよ”と新旧映画のバトンタッチのように退場する演出が憎い。ミュージカルというジャンルに対しては”歌ったり踊ったりせずにとっとと急げ!”という外野のツッコミがあるけど、このオープニングではちゃんとニッキー・ブロンスキーが”自分の踊りに夢中でバスに乗り遅れる””エンディングのタメを引っ張りすぎて始業ベルに遅刻する”というメタなギャグがある(笑)。
♪"The Nicest Kids In Town"
定番ロックンロールにジェームズ・マースデン(の中の人?)の張りツヤのあるボーカルがかっちょいいイケイケの曲。ニッキー・ブロンスキーのライバルとなるブリタニー・スノウがとにかくカメラに映ろうとして周りから疎ましがられる細かい演出が端々に。曲中のレギュラー自己紹介の場面で「ステージ101」を想像した人は年寄りだ。
♪”Ladies Choice”
ホーンが入ってファンキーなダンスビートに併せて、ニッキー・ブロンスキーが衆目の中で始めてダンスを披露する。監督・振付のアダム・シャンクマンによると、オーディションで主役に抜擢されたニッキー・ブロンスキーは、最初は全く踊れなかった(!)のを、数ヶ月の特訓でここまで仕立て上げたとのこと。
♪”Run and Tell That”
ニッキー・ブロンスキーの親友役のアマンダ・バインズは登場当初はチュッパチャップスをいつも口にしている”おぼこい女児”の記号キャラなのだが、イライジャ・ケリーに一目ぼれし、セクシーなダンスに白目を剥いて卒倒するといったベタなそのプロセスを経て最後は”女豹”キャラに変身。
♪"Welcome to the 60's"
ニッキー・ブロンスキー(の中の人)の歌声に適度な幼さ/少年ぽさが残っているためジャクソン5のような初々しさも感じられるソウルフルでハッピーなナンバー。トラボルタ(の中の人?)が歌うパートは声があまり出ていないのだけどその朴訥さがトラボルタのキャラに合っていて良い。「大きいサイズの店(店内に試食ドーナツがデフォルト装備)」の店長に扮する、明らかに異様なルックスの俳優は’88年のオリジナル映画版で主人公の父親役を演じたそうだ。役は変われども、”大きいサイズの人”を愛する役柄なのね。ちなみにその人、ジェリー・スティーラーはベン・スティーラーの父親だそうだ。
♪”You're timeless to me”
かつてのダンス・イコンであるトラボルタを女装させて母親役に、そしてその夫役にクリストファー・ウォーケンというキャスティングが素晴らし過ぎる。(『ちりとてちん』のせいでウォーケンが初めのうちは松重豊に見えてしょうがなかった(笑))トラボルタとウォーケンが中盤に唄い踊る五木ひろしの『ふるさと』"You're timeless to me”、この曲だけはアレンジ+振り付けがオールドスタイルなミュージカルを意識していて二人の控えめな演じぶりと共に味わいがある。ちなみに↑の映像の冒頭で画面を横切る黒い人影は、映画の盗撮中にスクリーンに映った人影*2。
♪”I can wait”
純粋さがたたって警察に追われる身となったブロンスキーをバインズは自宅の地下室に匿うことに。そこは食料も水もふんだんに揃った普通の物置かと思いきや「ロシア語講座」「ガスマスク」といった東西冷戦→核戦争を想定したサバイバルグッズを完備したシェルターだった(笑)。このシーンは完成した映画からは削除された未発表シーン*3。アマンダ・バインズの母親は”娘がダンスにうつつを抜かすなんてもってのほか!”という教育ママの記号として登場するが、映画が進むにつれて狂信的なキャラクター描写がエスカレートしていくのが笑った。個人的にウケたのはこんなシーン。
- ブロンスキーを匿ったお仕置きに、ロープで縛り付けられレコード盤の「主の祈り」をエンドレスで聴かされる羽目になったバインズ
- 母親いわく「父さんが出所してきたら、もっときついお仕置きをしてもらいますよ!」
- イライジャ・ケリーがこっそりバインズを助けに来たが、なかなか結び目が解けないロープにぼやく。「君の母さん、海兵隊あがり?」
♪"You Can'T Stop The Beat"
クライマックスからエンドまでを盛り上げる最盛り上がりナンバー。ニッキー・ブロンスキー×ザック・エフロン、アマンダ・バインズ×イライジャ・ケリーの各カップルによるパワフルなデュエットに始まり、主要キャストがそれぞれ見せ場を作る。願わくばウォーケン御大にも少しは出番が欲しかった。
■ここから先は映画を楽しむためには蛇足。ミュージカルというジャンルを再現することに映画づくりの力を注いでいるため、登場人物は全て単なる記号として描写され深みはなく、”リベラルな思想が平等で明るいアメリカの未来を切り開いていく”ご都合主義のストーリーはファンタジーの域に達している。まだ”ベトナム”も”9.11”も知る由もなかった60年代初頭のアメリカを最初から最後まで無邪気に描写するこの映画をどう捉えるか。単なる現実逃避のためのファンタジーや、『三丁目の○○』のように「昔はよかった」という年寄りの愚痴映画として捉えるよりは、「未来を輝かせるのは自分次第…たとえ今がつらくとも、昔思い描いた未来と現在が違っていようとも」という『クレしん オトナ帝国の逆襲』と共通するメッセージを持つ真面目な映画として捉えてみたい。
- アーティスト: サントラ,クイーン・ラティファ,ジョン・トラヴォルタ&ミシェル・ファイファー,ジョン・トラヴォルタ&クリストファー・ウォーケン,ザック・エフロン,ジェームズ・マースデン,ニッキー・ブロンスキー,エイミー・アレン,リッキー・レイク,ミシェル・ファイファー,ブリタニー・スノウ
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