さわ版『夕凪の街』

島根の女子高生が原爆劇独演 中区の「ポップラ通り」で6日

原爆の日の八月六日、広島市中区本川左岸「基町ポップラ通り」で女子高生が一人芝居に挑む。島根県津和野町の高校三年青木香奈絵さん(17)。西区出身の漫画家こうの史代さんが原爆をテーマに描いた「夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国」を演じる。大きな課題に向き合い、体一つで平和を訴える。

原爆から十年後の広島。皆実という二十三歳の被爆女性が主人公だ。好きな人と心が通う。でも生き残った自分が幸せになっていいのかと悩む。「生きとってくれてありがとうな」。男性の言葉に、幸せへの一歩を踏みだそうとした。が、間もなく女性は死んでしまう。

青木さんは言う。「平和学習が嫌いだった。戦争の話は怖くて重い。もう過去の話じゃんって思っていた」。作品に出合ったのは昨年一月。ネット上で「話題作」とうたわれていた。きれいな表紙にひかれて買った。「ドバッと涙が出た」。何度も読み返した。

「うちはこの世におってもええんじゃと教えてください」。皆実の言葉が胸をついた。自ら中学時代のいじめが原因で体調を壊した。入院までした。生きるってしんどい、逃げ出してしまいたいと思っていた。

原爆で一瞬にして奪われた多くの命。その後も原爆症に苦しみ、死んでいった命。何だか申し訳なくなった。「戦争は過去のこと」と目を背けていた自分が―。

青木さんは演劇部。仲間に「一緒にやろうよ」と持ち掛けたが「戦争ものはいや」と断られ一人芝居になった。「ポップラ通りはこうのさんの作品の舞台。八月六日に演じてみないか」。広島の市民グループ「CAQ(セアック)」の誘いで実現した。

当日、青木さんは初めて平和記念式典に参列する。平和を祈る人たちの姿を目に焼き付け、力に変えたいと思っている。「私なりに平和の尊さを伝えたい。同じ世代のみんなに」。芝居は午後四時から、無料。
06/08/04 中国新聞地域ニュースより

■真昼よりは日差しが多少傾むく時間帯とはいえ、16時はまだまだ暑い。来週末から始まる『夕凪〜』の広島ロケ開始に向けて草が刈られたポップラ前には日差しを遮るものもなく、パイプ椅子ひとつと最小限の音響と小道具のみの天然芝のステージの上で、さわさんは皆実として61年前の”あの日”と向かい合っていた。

■さわさん一人が原作と全く同じ流れで全て(!)の登場人物の台詞を語り演じ、原作中に使われている台詞やモノローグ以外の説明的な台詞は一切ない、という昨晩のNHKのFMドラマとは180度異なる演出(※1)。皆実は白の長袖のブラウスと水色のスカート姿で、自分以外の人物とのやりとりでは声色を変え、両手の動きで二人(打越)のやりとりをイメージさせる。十分な抑揚をつけた台詞により皆実は喜怒哀楽の豊かな女性として、何度も読み返した原作のあの台詞・あのシーンを目の前で語り続ける。

■実は、芝居の終盤まで、この”喜怒哀楽豊か”な皆実に対して、違和感を感じながら見ていた。それは原作を読んだ自分の勝手なイメージであり、さわさんによる皆実像と異なるのは仕方ないのだが、私にとっての皆実のイメージは、例えば原作単行本の目次部分イラストのような、太陽よりは月夜の似合う、自らを抑え控えめに生きる”幸薄い哀しい女性”のイメージだったから。
しかし、さわさんの中の皆実は、「『やった!また一人殺せた!』と思ってくれとる?」 「ひどいなぁ てっきりわたしは死なずにすんだ人かと思ったのに」という台詞も、(誇張かもしれないけど)朗らかに”笑いながら”語る。―それを耳にしてやっと気付いた。それらの台詞は、自分の身に降りかかったあの”わけのわからない”出来事を自嘲気味に語ることしかできない皆実の歯がゆさであり、最後の最後までひとりの人間として精一杯生きたいという皆実の戦争への抵抗(※2)でもあったのだ。さわさんの中の皆実がそれに気付かせてくれた。

■強い日差しの中で約30分の芝居は進んでいき、ラストシーン。「この物語は終わりません」と皆実は芝生の上に正座し語るちょうどその時。日差しは雲に隠れ川辺を風が吹きはじめポプラの枝が揺れ続けた。夕凪が止まったのだ。思わず空を見上げた多くの観客も心の中で”おお”と思ったに違いない。それはまさに、さわさんの思いがこの運命の日・運命の地で結実した瞬間だった。

※1:例えば、原作単行本の22ページに当たるシーンでの、「その時脳裏に10年前の光景が…」なんて説明の台詞は一切なく、効果音と表情のみ。原作を読んでいることが前提となる舞台なので賛否はあるかも知れんけど。
※2:舞台終了後の挨拶で、さわさんは「悲劇の中でも皆実は一瞬でも打越さんと気持ちが通じあえて、皆実はとても幸せだった」という意のコメントをしてくれた。さわさんによる皆実のイメージは”恋をしていることで活き活きとしている若い女性”の部分が強かったのかもしれない。