『イゴールの約束』

【解説】(allcinema ONLINEより)
外国人違法労働者の売買をする父を助けながら、15歳のイゴールは自動車修理工場で働いていた。そんなある日、労働者の一人アミドゥが事故を起こす。父は警察に不法労働が知られるのを恐れて、アミドゥを病院へ連れて行かなかった。そのため、アミドゥはイゴールに妻と子供のことを頼んで亡くなってしまった。父はイゴールに手伝わせて死体を埋め、アミドゥの妻アシタに嘘をついたが……。96年カンヌ映画祭国際芸術映画評論連盟賞を受賞した作品。

■この映画にはキャラクターの心象風景を代弁するようなイメージカットも劇伴音楽もない。ハンドカメラは常につかず離れずの位置から、イゴールとアシタの出会い、先の見えない逃避行を見つめる。

■外国人の不法滞在労働者の斡旋・受入を行うミドルティーンの少年イゴールとその父親ロジェ。母親の姿は語られない。ロジェはイゴールに対する支配力を持つと同時に、精神的に依存している。イゴールはロジェの指示・命令のもとで様々な不法行為に加担しているのだが、そこに良心の呵責はない。働き場所を求める移民が存在し、ビジネスとして自分たちは彼等から”家賃”や”許可証費用”を徴収している。時には当局への配慮のため、彼等を誘い出して引き渡すことも厭わない。すべて社会が暗黙のうちに要請している構造の中で役割を果たしているに過ぎない…。そんな生活、そして凝り固まった父子関係に何の疑問も持たずに過ごしてきたイゴールであるが、不法労働者アミドゥの妻・アシタとその幼い息子を受け入れ、彼等家族と接する中で彼の中で何かが変わっていく。
■親が子供を慈しむ姿。夫が妻子を気にかける姿。妻が夫の帰りを待ちわびる姿。そしてイゴールに託されたある「約束」が、イゴールの中での新たな価値基準を作っていく。その「約束」を果たすことは、自分に依存する弱い父親を切り離すこと、そして”裁き”−社会的な裁きだけではなくアシタという個人からの裁きを意味している。果たして何時、どのような形でイゴールは「約束」を果たすこととなるのか…。先述のイゴールを見つめるカメラの視線により、まるで我々もイゴールの共犯者であるような緊張感とイゴールの苦悩の共有するかのような気分となる。

■逃避行の終わりは唐突に訪れる。苦悩の末、イゴールがある決断を下したその時、カメラはそれまでの動きを止める。カメラは駅の通路を歩いていくイゴールとアシタの後姿を見送る。二人の姿が消えて、画面が黒いエンドロールに切り替わっても、マイクは駅構内のざわめきを拾い続ける。その音は、開放された様々な思い−これまでの行いの意味づけや見えないこれからの不安そして安堵感が胸の中に流れ込んでくる、唯一のサウンドトラックだ。

イゴールの約束 [DVD]

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