『マーダーボール』

【解説】(allcinema ONLINEより) 
その激しさから“マーダーボール”とも呼ばれている車いすラグビー(ウィルチェアラグビー)で世界一を目指す個性豊かな面々に密着したスポーツ・ドキュメンタリー。マーク・ズパン率いるアメリカ代表チームと、“裏切り者”ジョー・ソアーズが監督を務めるカナダ代表との因縁の対決を軸に、ケガを乗り越え過激なスポーツに打ち込む選手の姿や、恋人や家族など彼らを取り巻く周囲の人々との関係をエネルギッシュに描き出す。

■メインビジュアルに据えられているマーク・ズパンの<顎鬚><刺青><いかつい眼つき>や、予告編や本編前半でも試合シーンでフィーチャーされているMinistryの”Thieves"そして<マーダーボール>というタイトルのインパクトから受けるバイオレントでハードコアな印象とは映画の内容は大きく異なる。ズパンを含めた登場人物は極めて健康的で真摯であり、極めて前向きなメッセージを伝えようとするスポーツドキュメント。

■ある者は先天的な疾患により、またある者は幼い頃の難病により。そしてある者はケンカや友人の起こした事故、自分が愛したモータースポーツ中の事故により。それぞれの苦難を抱えた者たちが、ウィルチェアラグビーにより喜怒哀楽を取り戻し、家族や友人、恋人たちとの絆を深めていく。彼らにとってのウィルチェアラグビーとは彼らの”生”そのものであり、健常者が日常行うスポーツ競技とは明らかに位置づけ/重みづけが異なる。だとすればジョー・ソアーズの”裏切り者”と称された選択も彼にとっては当然だろう。息子に対して最前線で生き続ける自分の姿を伝えようとする彼にとっては、アメリカだろうがカナダだろうがチームの国籍は関係ない。カナダチームの監督を解雇されて再びアメリカチームの監督に志願することがたとえ厚顔無恥と言われようとも、それは大した問題ではないのだ。

■「俺はアメリカンドリームを手に入れた」「自分に限界を作ってはいけない」と自身に満ちた表情で語る彼らの姿は否応なく前向きで力強く、アニメーションやコマ落とし、そして緩急をつけた音楽演出はどこまでも彼らをドラマチックに写す。しかしそのあまりにポジティブな語りはこの映画の魅力であると同時に欠点でもある。四肢が欠損した選手のひとりが起用に容器から飲み物をコップに注ぎ「何でも一人でできるぜ」と語っても、その容器にまず飲物を移した人間が誰かいるはずなのだ。また、彼らを支える家族のそれまでの苦労や苦悩、あるいは彼らのようには周辺の支援も得られず”チャレンジ”することすらできない人間も存在しているはずなのに、そのような社会の”影”の部分は映画の中では語られることはない。
全てのドキュメンタリー映画が常に社会的問題定義と結びついている必要はない。しかし、社会的弱者を合法的に間引きする<障害者自立支援法>がまかりとおるこの国では、”もっと前へ、もっと強く”というキャッチフレーズのこの映画は、”弱者は生きる資格なし”とか”いじめはいじめられる方が悪い”とかの歪んだ論理を正当化する格好の隠れみのにならないかね?そこまで考えるのは被害妄想かね?

マーダーボール [DVD]

マーダーボール [DVD]