『ミスティック・リバー』

【解説】(allcinema ONLINEより)
人気作家デニス・ルヘインの傑作ミステリー小説を、「許されざる者」「ブラッド・ワーク」のクリント・イーストウッド監督が映画化した重厚なミステリー・ドラマ。かつての幼馴染みが、ある殺人事件をきっかけに25年ぶりに再会、事件の真相究明とともに、深い哀しみを秘めた3人それぞれの人生が少しずつ明らかになっていくさまが、静謐にして陰影に富んだ筆致で語られていく。主演の3人、ショーン・ペンティム・ロビンスケヴィン・ベーコンをはじめキャスト全員の演技が高次元でぶつかり合い、素晴らしいアンサンブルを披露。アカデミー賞ではショーン・ペンが主演男優賞を、ティム・ロビンス助演男優賞を揃って獲得した。脚本は「ブラッド・ワーク」「L.A.コンフィデンシャル」のブライアン・ヘルゲランド
ジミー、ショーン、デイブの3人は少年時代、決して仲が良いわけではなかったがよく一緒に遊んでいた。ある日、いつものように3人が路上で遊んでいたところ、突然見ず知らずの大人たちが現われ、デイブを車で連れ去っていってしまう。ジミーとショーンの2人は、それをなすすべなく見送ることしか出来なかった。数日後、デイブは無事保護され、町の人々は喜びに沸くが、彼がどんな目にあったのかを敢えて口にする者はいない。それ以来3人が会うこともなくなった。それから25年後。ある日、ジミーの19歳になる娘が死体で発見される。殺人課の刑事となったショーンはこの事件を担当することになる。一方、ジミーは犯人への激しい怒りを募らせる。やがて、捜査線上にはデイブが浮かび上がってくるのだったが…。

■本作のタイトルで示される”川”は、物語のクライマックスに、街やそこに住む人々の暗部にまつわる秘密を覆い隠すための道具として登場するが、それ以外には直接的に描写される割合はごく少ない。タイトルが示す“川”とは、多くの謎や暗部を秘めたこの街の歴史、そしてそこに住む人々の人生そのものである。
■物語のメインとなるのは幼馴染三人組のうちの2人、ジミーとデイブ)。幼少時のある事件を境に、同じ街のなかでも全く対照的な人生を歩んでいくことになってしまった二人である。
■ジミーはマッチョな前科者であり、ゴロツキを従え街の自警団の頭としてにらみを利かす反面、家族思いの父親としての信頼も厚い。かつて自分をタレ込んだチクリ屋を秘密裏に殺したあとも、その遺族に対して匿名で送金を続けるという、「強者」「奪う側」としての力を鼓舞している。
一方のデイブは、内向的な性格により、その暮らし振りそして人望にも生彩を欠く。彼の妻であり唯一の支えでもあるセレステはジミーの二人目の妻のいとこであることが示されるが、その結婚もジミーがセレステをデイブに”あてがった”という関係が匂わされている。ジミーとは正反対の、この街における「弱者」「奪われる側」である。
■子供の頃からすでに、ジミーは大人に対して生意気な口を利く不良でありデイブは多少愚鈍な性格であったことが、過去のエピソードとして映画の冒頭で示される。そのエピソードとは、二人のその後の人生を決定的に分けてしまった「事件」である−いつものにように路上で遊んでいた彼らに、警官を装った変質者が現れる。そして「親元に車で連れ帰り注意する」という口実により、その場所からいちばん家が遠いデイブだけが連れ去られ4日後に発見される。犯人たちが死亡した現在でも、心に深い傷を負ったデイブは車で連れ去られたその時に”人生そのもの”を奪われてしまったのだ。「あの時車に乗っていたのがデイブではなくジミーだったら?」―自分の現在の生活を卑下するデイブはもとより、その事件のきっかけを作ってしまったジミーは思う。同じ街で家庭を持ち親族として顔を合わせる関係ではあるが、もはや彼らが昔のような友情をもって交流することはできない。
■幼なじみ三人組のもう一人・ショーンは、故郷の街を離れ、街が支配する「奪う者」「奪われる者」のバランスとは無縁の場所にいる。しかし正業として「警察官」を選んだことには、幼少のデイブの事件が関係しているようだ。また、自分のもとを去っていった妻との関係修復のために心を痛めてはいるが、故郷の街の旧友二人が抱える苦悩に比較するとその傷は大したものではない。
■運命は「奪う側」のジミーと「奪われる側」のデイブに対して気まぐれな試練を与える。「奪う側」からはその一番大事な者を奪い、「奪われる側」に対しては、一度失われたプライドを奪い戻すチャンスを与える。しかし、そのふたつが同じ夜に起こったことから悲劇は始まる。
■悲劇の発端は、若い男女の駆け落ちだった。しかしこの街を支配する見えない川の流れは、それが将来ある男女であっても本流から他所へと流れ出していくことを許さなかった。ジミーの実娘が死体で発見され、ショーンが捜査責任者として派遣されたことにより、彼は旧友ふたりに再会する。一度は流れから離れていたショーンも、この街にやがて流れ戻ることが運命づけられていたのかもしれない。物語の中で彼は妻とのよりを戻し、新しい生命の誕生を迎える、その姿は悲劇の中での一筋の光明のように映るが、ショーンらとの腐れ縁もあり、この街の中でどれだけの自由な生き方が約束されているのか定かではない。
■ショーンら警察と、ジミー率いる自警団が互いを牽制しつつそれぞれの「捜査」を行う中、デイブが重要容疑者として線上に浮かぶ。デイブを追い詰めていくショーン。そして下される私刑。だが、死ぬことによりデイブはそれまでの生き地獄から解放されたのだろう。彼の意識に真っ白い光が差し込む瞬間―それは生きながらにして空しく孤独な人生を歩まざるを得なかった哀しきモンスターが天国へと解放された瞬間でもある。そして手を下したジミーは、身体に刻んだ刺青の十字架と供にその業を背負って生きていく。それでもデイブを苦しみから解放することができたことが、幼い頃の事件にまつわる自らの罪悪感への唯一の解決かもしれない。
ラストカットの海に流れ出る川の水面の中に、暗い流れから開放されたデイブの姿が見えたような気がした。