■初めて寺島の兄(アニ)さんを見たのは、北野武監督の『ソナチネ』だった、と思う。正直なところどの映画だったか確証がない。ただ、気がついたら自分の視界の中に兄さんがいて、なんだか落ち着くなぁこの人、と感じるようになっていた。画面の中で見つけると、主役や他の役者さんよりも、その表情や台詞が気になってしまう。ありきたりな表現だけど、そんな存在の人だ。
■日中の仕事を済ませ、夕方自宅でしばしの仮眠を取り、オールナイトイベントの会場である横川シネマへ。どれだけの人が来るのかな?席は残っているのかな?いろんなことを考えつつ、とりあえず開始30分前の9時に到着。兄さんの等身大の立て看写真のある入りドアを開けると、ちょうど当日券の販売が始まったところだった。普段はスクリーンだけのステージの上には、2つの小さな椅子とテーブルがセッティングされ、ピンスポットに照らし出されている。本日はすべて自由席であり、なだらかな下り階段状の場内の真中あたりの席に陣取る。開始前までに何度か客席全体を振りかえってみるが、客層はサブカル系の若い女性が目出つ。キャパ130のところに73名(発表数)、満杯でないのは残念だけど、決して悪くはない入りだったと思う。なにせ、主演作はまだ1本しかなく、しかもテレビでの露出も多いとはいえない邦画俳優の地方特集なのだから。(*1)

■定刻の9時半になり、横川シネマの溝口支配人が登場。ステーションシネマ時代から様々なイベント、トークショー等をこなしてきただけあって、こなれた感じの司会ぶり。溝口氏の呼びこみにより、客席後方から、ピンスポに照らされ、黒の上下と白いワイシャツ姿の兄さんが登場。幾分緊張した感じで、照れくさい表情と素振りで溝口氏とのトークが始まった。

―広島は、『おかえり』のプロモーション以来の2回目?
「いや、実は『東京の下町物産展』っていうイベントで、福屋(*2)でミニ植木売ったりするバイトで来て、それ入れて4回目くらいかな?けど全部仕事で来てるから、まだ遊びで飲んだりはしてないねぇ」

寺島進特集をやるのは、全国でもこれが初めてです。
「客が5、6人くらいだろうって思ってたから、こんなに集まってくれて、すごく嬉しい、お腹一杯って感じ(笑)」
「自分ではこうやって映画を見に来てくれるファンのほうが、テレビ出演でついてきた人よりも信頼できると思ってる。昔、某宗教がらみで『上祐ギャル』っていたでしょ?(笑)あれ見たら、TVで顔売ったらなんでも人気でちゃうのかなー、と思うと、怖くなって(笑)」

─けど、今日は東京とか仙台とかからも『寺島ギャル』が集まってますよ(笑)

―俳優となったきっかけみたいなものを。
「もともとは、『蒲田行進曲』の銀ちゃんみたいな、いわゆる大部屋俳優で。切られたりするセリフのない役だったんだけど、ある芝居を見に来てくれた故・松田優作さんがえらく俺の熱演を気にいってくれたみたいで(笑)。あとはいろんな『縁』で。あとは、自分の『勘』で面白い、と思った役をやってきた」─自分が「役者」だって意識するようになったのはどの作品から?
「っつーか、例えば交通違反で捕まったときに職業欄に「俳優業」とか書くのもなんか照れるけど。けどそんなことを感じるようになって、ひとつ大人になったかなぁ…ということで」

─脇役とはいえ、出演作の多くは『おかえり』『HANA−BI』『ワンダフルライフ』とか、映画祭に出されて世界中の人に見てもらってるわけですよね。
「『ワンダフルライフ』の時は、アルゼンチンのブエノスアイレスの映画祭に行ってくれって是枝監督から言われて。自費じゃなくて費用も出て(笑)。日本のちょうど裏側まで行く機会なんてあるもんじゃないから。飛行機で38時間は辛かったけど」「映画祭行くのも、『後悔したくない』って気持ちがあるからね。例えば、子供のときに『寺島くん、缶けりしよう』って誘われて、『いや、今日体調悪いから』って断って、次の日に『面白かったよな』とか聞くの嫌じゃない?そんな感じ」
―映画祭が缶けりですか…(笑)

─自分の勘で役を選んできた、ということでしたけど、「あの監督いいよ」とかの情報交換は役者さん同士でされてると思うんですけど。
「信頼できる奴とは、そういうことするね。」
─信頼できる役者さんって、例えば誰ですか?…いや、別に「信頼できない奴」の情報が割れるわけじゃないですから(笑)
「…そーいうプライベートなこと、苦手なんだよ!そんなことより、会場からの質疑応答とかやろうよ!」―えー、それじゃぁ、横川シネマのHPの掲示板(*3)のほうに、質問書きこんでくれた方がいるんですが、今日来ていらっしゃいますでしょうか…

■来たっっ。半分期待/予測はしていたけど。仕込みしといてよかった。ドキドキしながら挙手する私と、その後の進兄さんとのやりとりは以下の通り。

─えー、映画関係のあるホームページの掲示板(*4)への書きこみにですね、”寺島進といえばヤクザ役と刑事役のどちらかしか見た事ないけど、他の役柄ってあるの?”という書きこみがありまして、私は”『ワンダフルライフ』では村役場の職員さんみたいな格好で三途の川の渡し役をしてましたよ”という返答をしておいたんですが…
「ありがとう。」─あ、いえいえ。確かに、世間一般では、上記の「ヤクザ」あるいは「刑事」という印象が強いと思いますが、ご自分ではそのことについてどう思われているのでしょうか?でも実は、今の寺島さんのお話聞いてて、自分の『勘』で選んだ役がたまたま刑事とかヤクザだった、だけのことなのかなぁ、と自分では答え出しちゃったんですけど…。
「監督も人間なんで、イメージでキャスティングする人もいるし、こういう面も見たいな、ってキャスティングすることもあるだろうし。オレもいろんな役やれれば、うれしいし。自分からも『こういう役やりたいんだけど』って企画段階からっていうのもあるし、だからそれは、その監督がそれぞれ、『こういう役でちょっと力貸してくんないか』って言ってきて、オレも『じゃ、力貸してやろうじゃねーか』みたいな、ただ、それだけですよね。でも、ロック歌手ならロックだけしか歌えないっていうの嫌だし、オレも、バラードも歌える歌手の方がいいしね。たまに演歌も(笑)」

─もうひとつ質問いいですか?今後、自分で「こんな役をやりたい」ってことで映画の企画をやったり、監督とか脚本やったりする気持ちとかはないですか?
「いまはとりあえず、役者のほうをちゃんとやらないとねぇ。監督は、50歳くらいになったらやるかなー」
─どうもありがとうございました。

■まとまりのない質問にも、兄さんはステージに当てられたピンスポがまぶしそうに、額に手をかざしてこちらの方を一生懸命見てくれながら答えてくれた。他の人からも質問は続く。

─寺島さんは、よく「目に力のある俳優」って言われますよね。私も「目に力がある」って言われるようになりたいんですけど、どうすればいいでしょうか?(女の子)
「海を見つめてですね、力を入れて(笑)…。でも、何かに感動したときにものを見る目とかは、自然に力のある目じゃないのかなぁ」 「『目に力がある』って、北野監督の言ってることでしょ?あの人の言うことはねぇ…(笑)」

大杉漣さんとよく共演されてますけど、どんな方ですか?
「あの人は奥さんもお子さんもいるからねぇ、稼がなきゃいけない、っていう意味でしっかりしてらっしゃいますね。自分は一人者だから、今月これっくらい稼ぎゃいいか、って感じ。気楽なもんですよ。」

トークの中で言われてた、「信頼できる」って、具体的にはどんな人のことですか?
「『逃げない』奴。どんな仕事でも、しんどい、とかつらい、とかありますよね。そんな時でも、正面から取り組む奴。」

■この答えには、個人的に一番ぐっときて、うんうんとうなづいてしまった。そうだよ、しんどいことがあっても、正面から行くんだよ。これまで映画のスクリーンから感じることしかできなかった兄貴の人柄、誠実さをこの答えで納得した、という感じだ。

─サブ監督はどんな監督ですか?
「役者の気持ちをよく判ってる監督さんですよね。」

ジーンズは履きますか?
「似合わないから履かない(笑)。短足でO脚でガニマタだから…」

─気になる監督、俳優はいますか?
「いっしょにやりたいって思う監督は、塚本晋也さんとか。(会場、少しざわつく)…え、ひょっとして禁句?(笑)(*5)『双生児』とか『バレット・バレェ』とか見ていいなー、と思った」
「気になる役者は…寺島進!」
(場内、拍手!)

■その他、役作りの方法について、役柄と下町出身の関係(*6)等の質問があり、それらに対する丁寧な兄さんのやりとりが行なわれた。そのうち時間も押してきて、最後はプレゼントの抽選会。兄さんが「適当に持ってきた」という北野オフィスのキャップが5名へ。抽選方法は、兄さんが任意に番号を設定。

「今日、何人いんの?」―えー、73番までです。「じゃあ、1番と73番!」
―誕生日は何日ですか?「(11月)12日」─じゃあ、12番。…足のサイズは?「25.5。」―25番と26番ですね。


■・・・という感じで当選した5名に、直接プレゼントが渡されたのでありました。非常にアットホームな雰囲気のまま、小一時間が経過し、惜しまれつつも、入場してきたときのように、非常に照れた様子で、兄さんは退場していったのでした。



*1:あくまでこの当時。現状については言わずもがな、です。
*2:広島地場の百貨店。
*3:掲示板では現在での溝口支配人が積極的に映画ファンとの交流、インフォメーションを行なっている。当時は他にも、大杉漣氏の上映特集(ゲストなし)の際には、大杉氏ご本人の書きこみもあった。
*4:「日本でいちばん売れている男性映画雑誌」こと、映画秘宝のHPの掲示板。その当時はちょっとした常連でした。(最近はROMのみ)
*5:広島市内の老舗のミニシアター、"サロンシネマ"では、不定期の土曜日に”フィルムマラソン”というオールナイトの特集上映を行っており、ちょうどこの日の特集は「塚本晋也特集」だったため。広島の日本映画ファンは、どちらかを選択せざるを得ず、少しばかり両映画館を呪ったのであった。ちなみに、サロンシネマのシートの広さはおそらく日本一。ひざを抱えれば横向きに寝ることも可能。 
*6:”かぐはん”さんこと、”神楽坂の半端者”さんからの質問です。この夜、”かぐはん”さん、そして”ゆずこ”さんもこのイベントに参加しており、現在に至る。



トークショーの終了から「おかえり」の上映開始まで、しばしの休憩。トイレに行こうとロビーに出てみると、そこの椅子で兄さんが一休み中。”どうしよう、通りすぎていいのか””何か声をかけなければいけないのか”と少しパニックになりながら、とりあえずトイレへ…トイレに行った手で握手を求めるのは失礼かな、と思いつつ、石鹸で丁寧に手を洗う(笑)。トイレから出てみると、すでに兄さんの周りには人々の群が。写真を撮る人、サインをもらう人、私はサインや写真とかの記念品の類には興味ないけど、先ほどのやりとりの感謝を伝えるべく握手を求める。「ぶしつけな質問に丁寧に答えてくださって、ありがとうございました」「いえいえ…」

ファンの皆さんとの握手、写真、サインが一通り終わったころ、一本目の「おかえり」の上映が始まった。