第20週「ここに花咲く」

■高嶺の花のスターがベタベタの大阪弁で…とはまた王道のコントパターンではありますが、チャド・マーレンを”ハリウッドスター”と呼ぶのにはそのルックスはちょっと苦しい。NHKが制作費を湯水のように使えるのであればエドワード・ノートン(※1)を、そしてりん(イーデス・ハンソン)と離婚した父親役にはセガール親父を。…そうなったら剣太郎や文子も出てきてややこしくなりそうか。

※1:ノートンと大阪との関係を知ったのはこの本の注釈から。本文の充実度もさることながら、ひとつひとつの注釈にまで力を抜いていいないのには恐れ入る。

ハイスクールU.S.A.―アメリカ学園映画のすべて

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■チャドとハンソンの瞼の母話をサブとして、メインとなるのは第16週「禁じられても…」の続編とも言える由利子(邑野みあ)の”自分さがし”。由利子に道を示すのはゲストの東子(高田聖子)だけど、あまりに人生の優等生的な彼女のエピソードよりは佐和子(瀬戸カトリーヌ)のちょっとした葛藤のほうが心に残る。かつて自分が身を置いていた華やかな世界へのふとした揺らぎ、また現実に立ち戻っての反省。またそれを支える俊平(櫻木健一)も優しい。さらに晴子(田畑智子)と健次郎(國村隼)が少しだけ互いの昔話をする場面も、第15週「奄美想いて」の味わいを思い出させる。

■自分は何者なんだろう。何者になるんだろう。果たして何者と呼ばれるような存在になれるのだろう。 ”才能”はそれを決める大きな要素ではあるけど、自分が何者かになるのではなくて、他の誰かによって自分が何者かに”ならせてもらう”のが正しいのだと思う。
教えを請う人がいるから先生にしてもらった。相方がいるから伴侶にしてもらった。そして、子供がいるから親にしてもらった。