『トランスアメリカ』

【解説】(allcinema ONLINE より)
性同一性障害トランスセクシュアル)に悩む父親と愛を知らずに育った息子が、ひょんなことからアメリカ大陸横断の旅に出るハートフル・ロードムービー。主演のフェリシティ・ハフマンは、女性になろうとしている男性という複雑な役どころをみごとに演じてアカデミー主演女優賞にノミネートされたほか、ゴールデングローブ賞主演女優賞を獲得するなど高い評価を受けた。共演は「ドーン・オブ・ザ・デッド」のケヴィン・ゼガーズ。監督は新人ダンカン・タッカー。
 若い頃から男性であることに違和感を抱き、いまは女性として独りLAで慎ましい生活を送るブリー。ようやく肉体的にも女性になるための最後の手術に許可が下りた矢先、彼女のもとにニューヨークの拘置所から1本の電話が掛かってくる。トビーという17歳の少年が実の父親“スタンリー”を探しているというのだ。トビーは、ブリーがまだスタンリーという男性だった時代に、ただ一度女性と関係を持ったときに出来た子どもだったのだ。こうしてブリーは渋々ながらも、トビーの身元引受人になるべくニューヨークへと向かうのだが…。

■主人公ブリーは、トランスセクシャルとして性転換手術による完全な"女”となる日を待ち望んでいる。そんな彼の元に、17年前に”男”として性交渉を行った恋人の女性の息子:トビーの存在が明らかとなり、NYからLAまで彼を送り届けるためのブリーの旅が始まる。実父として息子に接してみたい気持ちがないわけでないが、正直ブリーは息子との距離を測りかねている。女性として社会に”埋没”することを何よりも望む彼にとっては、数日後の手術を無事に終えるためにも無用なトラブルは避けなければならない。とっさにキリスト者の立場を偽りトビーと接することとなったブリーに、生まれ変わるための最後の試練が課せられる。

■親子間の性的暴行、ドラッグ、トランスセクシャルに対する社会的偏見。それらの材料があれば、よりシビアでヘビーな現実社会を描くこともできたはずなのに、作品にはユーモアとやさしさの空気がただよう。傷ついたトビーに朝ご飯を準備して持っていく黒人の老婦人や、旅の途中で一文なしとなった二人に救いの手を差し伸べ、トビーに”大人らしさ”を教えるネイティブアメリカンの中年男。社会的なマイノリティが同じマイノリティである二人に救いの手を差し伸べる構造は、監督のやさしさの現れだ。

■ブリーが男性であること、また実の父親であることが、トビーに対してどのように明らかになるのか?─そのプロセスが映画の終盤まで緊張感を持たせる。そして、それらの事実が一つ一つ明かされていく中で、それまで多くが語られることがなかったブリーの苦悩が観客に対しても明かされていく。そして苦悩するブリーの姿は、トビーにとってはいつしか、自分が自分らしく生きていくための道標となり、かけがえのない対象にも変わっていく(※)

■ラストシーン、いろいろあって二人はようやくそれぞれの出発点にたどり着く。それまでの彼には伺えなかった”自信”というものを得たブリーと、そんな彼を見てどこか誇らしげでもあるようなトビーの表情。

トランスアメリカ [DVD]

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※:再会した実の家族にも受け入れてもらないブリーを慰めるために、トビーがブリーにベッドを共にすることを優しく迫るシーンはおかしくも哀しく、そして切なく美しい二人の関係に泣いた。